2015年5月11日月曜日

東大寺大仏殿金銅八角燈籠

大仏殿は重要文化財の回廊の中にあり、回廊に入ったところで入堂券を手売りしています。
500円ですが東大寺ミュージアムとセットだと800円です。
大仏殿には国宝の表示がありません。
大仏である盧舎那仏はもちろん国宝ですが金堂である大仏殿も国宝です。
さらに大仏が坐ます須弥壇から発見された遺物の数々も国宝で、須弥壇から東大寺ミュージアムに移されています。
国宝なのにノーマークに近いのは大仏殿前の金銅八角燈籠です。
燈籠とは言いながら全高4.6メートルの金銅製としては現存最大のものです。

音声菩薩が彫られており1200年前からここに立っています。



環境の悪化で腐食が進んでおり、進行状況は鎌倉の大仏より悪いそうです。



2015年5月9日土曜日

東大寺という寺院

2015年4月30日に奈良の東大寺に行っています。
普通に考えれば大仏殿ですね。
実際は主要なものでも南大門、中門、金堂(大仏殿)、法華堂(三月堂)、二月堂、戒壇院も東大寺です。
寺宝を見るのなら東大寺ミュージアムも必須です。
建築物だけでも金堂(大仏殿)、南大門、本坊経庫、開山堂、鐘楼、法華堂(三月堂)、二月堂、転害門が国宝です。
その鐘楼にNHKの下請けが釘を打ったのは2003年のことで、しばらく大晦日の中継がなくなりました。
梵鐘も752年製の国宝で現役で使われています。
仏像を見るのなら法華堂は必須ですが日光・月光は東大寺ミュージアムに引っ越しています。
美術の教科書の常連の四天王塑像は戒壇院のもので1980年頃はなんと戒壇上から拝観することができました。
奈良に春を告げるのは二月堂のお水取りですがそれ以外のシーズンは展望台扱いです。
その実は最も謎めいた施設で24時間365日勤行が行われている祈りの寺で、大観音・小観音の2体の十一面観音は絶対秘仏で鎌倉時代後に開帳された形跡がありません。
夜の二月堂は提灯に明かりが入り空気感が異なる世界を作りますが中では勤行が続いていますので声を響かせてはいけません。
これらの堂宇の中で唯一写真を許されているのが金堂である大仏殿なのです。
写真を使って少し詳しく見てみましょう。

2015年4月16日木曜日

野犬が増えるとクマも喜ぶ

4月16日にNHKで野犬の拡大が紹介されていましたが、犬は増えると群れを形成し狩りを始めます。
江戸時代にはオオカミがこのポジションにいました。
ヒグマの骨の分析で江戸時代には陸生の肉をかなり食べていたのに明治後は大幅に草食になったそうです。
開国で入った狂犬病でオオカミが全滅したため鹿を横取りできなくなったのが原因らしいので、ツキノワグマも同じだろうと想像されます。
現在はツキノワグマは壮絶なスピードで増えており、これに鹿肉を供給する野犬が増えたら面倒なことになります。

2015年2月15日日曜日

長府の守護の四王司山(392m)と勝山(361m)

 下関の長府を見下ろす四王司山は青山、勝山を従えた山容ですので勝山もついでに登ります。
 青山は頂上NTT施設のメンテナンス道があるのでパスしています。

 勝山は地区の名称でもあり、1970年ころは新下関駅あたりまでの広いエリアを勝山と言っていました。
 当時は穀倉地帯でカッパがいるとまで言われていました。
http://nihon.syoukoukai.com/modules/stories/index.php?lid=196
 その実態は戦国時代に始まる絶対防衛線で戦国時代にはすでに大内氏の城があり、毛利家に追い詰められ最後に立てこもったのが勝山とされています。
 このため廓跡、井戸跡、石垣などが残っている歴史の山でもあります。
 勝山側の登山口にも江戸末期の御殿跡があり公園化されていますがこれは下関戦争で海に突出した串崎城が危険すぎるため急遽造営された城です。
 実は7世紀に白村江での敗北をうけ報復に備えて長門城というが築かれているのが日本書紀に記されていますが場所は特定されていません。
 西日本一帯に見られる神籠石が7世紀のものであれば長門城も山城と考えられるので勝山城が長門城の可能性もあります。
 城にするほどなのでかなり急峻です。

 勝山から尾根をたどった先にあるのが四王司山です。
 信仰の山でありその場合の正面は松小田側になり、ふもとに近い石鎚神社から登ることになります。
 石鎚神社の祭神は石土毘古神で高天原系なのに対し、四王司神社の祭神は保食神と大地主神なので土着系ですが867年(貞観9年)に朝廷から因幡・伯耆・出雲・石見・長門に贈られた毘沙門天も祭られています。
 仲哀天皇の殯宮である豊浦宮の北の守護が四天王のうちの多聞天=毘沙門天であるからともいわれます。
 毎年の初寅には深夜に祭りがあり3個の鈴の奪い合いがあるそうです。
 勝山が頁岩の暗い山なのに対し四王司山は花崗岩が多い明るい山です。

 2015年2月8日13:26に勝山御殿の駐車場を出発し→勝山14:10→鞍部14:41→四王司山15:15→展望岩15:21→勝山御殿16:00


駐車場から先は寺の境内なので基本的に乗り入れ禁止です。

 山頂に近い穴がある大岩
 人が楽に入れそうです。

勝山の山頂近くはかなり石垣などで無理して平地を作り郭にしていたようで意外と広いです。
青山の向こうが新下関ではるかに九州が続きます。

 勝山頂は北側になります。

 四王司山登攀途中に振り返りの勝山(右)と青山(左)

 四王司山神社
 肝心の毘沙門天は廃仏毀釈の折に市街の福仙寺に納められたとも聞きます。

 三等三角点四王司山

 展望台からの周防灘

 勝山御殿の駐車場
特に四王司山はおそらく毎日登っている人もいるんじゃないかと思えるほどです。

2015年2月9日月曜日

私的山登り序文

夏場の運動量は草刈りに依存しているのですがそのままではシーズンオフはデブリます。
そこで自転車をやるのですが冬になると寒くてつらいので山登りを始めます。
「冬に山とはいい度胸」とお思いかもしれませんが山口の山は概ね千メートル止まりで冬山というには失笑クラスなのです。
つまり亜高山帯にも届かないので夏は蛇は出るは蜂は出るは大型の獣に鉢合わせするはとハイリスクですし、汗だくで臭っさくなりがちです。
ハイキング程度の山ですので春先は山菜取りのおばちゃんと完全武装の縦走隊が入り混じります。
私はそんな事情で一人で黙々とピークを取っては降りるだけですがそれなりに楽しみもあるものです。
あるスポーツドクターのいうことには40歳過ぎてランニングを始めるのは元気の無駄遣いでむしろハイキングの方が好ましいのだそうです。
本年はスマホを使い始めたのでGPSロガーが使えるようになりました。
使いあぐねていますがそのうち何とかなるでしょう。
そこでここに記録を残す気になった次第です。
草が萌えるまでの期間ですが何座登れるかは不明です。
GPS前にも結構登っているので埋め草はあるのですが・・・。

2014年11月21日金曜日

メイプル耶馬溪サイクリングロード

しまなみ海道以前の日本ナンバーワン自転車専用道はメイプル耶馬溪サイクリングロードでした。
片道22キロメートルで宿泊可能なターミナルで自転車を借りることもできます。

専用の橋やトンネルを有すフラットな専用道は大分交通耶馬溪線「耶鉄」の廃線を活用したものです。






紅葉時期は渋滞する車をしり目に最高に楽しめそうです。
特にコアやまくにから耶馬溪まで往復すると守実温泉で走行後に汗が流せるのもありがたいです。

2014年11月15日土曜日

ダムカードって?

国土交通省と独立行政法人水資源機構の管理するダムで平成19年より「ダムカード」を配布しています。
一部自治体独自のものもありその総数は平成26年には288枚ほどだそうです。
ダムのことをもっと知ってもらうために統一フォーマットで作成されたものです。
現地で一人一枚配布され郵送はしていません。
だからわざわざ山奥に出向くことになります。
在所の山口県関係は12枚なのですが紅葉見物のついでに2時間半ほどで5枚集まってしまうのが凄いです。

でも山口県には73のダムがありダムカードを配布しているのは12しかないのです。
ちゃんと調べて出向かないとほぼ空振りになります。

(向道ダム)
それでもダムはダムですけど。
お堅いところが出しているカードとあってコレクターもいるそうです。